例えば、AさんがXさんのことを恋していたのに(一番好きだ、とか愛していると思っていたのに)、

ある日Yさんと会って話しているうちにYさんのほうが好きだ(愛している)、などと思い始めたら、

これが「浮気」である。「浮気」をしている当人にとっては、心を向けている対象がXさんから

Yさんに変わり、そのことだけに意識が向いているので、とりあえずは大した問題は感じ

られない。だが、「恋されていた」あるいは「好かれていた」Xさんにとっては、心理的に起きること

はAさんとは大きく異なる。「この人は自分だけを好いてくれている」あるいは「この人は、

自分を(他の人より)好きだ、一番好きだと思ってくれている」と思っていて、それによって

幸福感を得ていたり、安心感を得ていた場合、ある日、Aさんが自分だけを好いていてくれている

わけではない、とか、Aさんは自分よりむしろYさんのことのほうが好きなようだ、と気付かされると、

幸福感や安心感が幻のように消えてしまい、多くの場合、ひどくつらい思いをするわけである。

Xさんの心に、Yさんに対する嫉妬が生まれることもある。

この段階でも「浮気」は法的にはまったく問題とされない。

恋愛で深い関係になった段階

キスや性行為をするようになった男女の場合で、ともかく一旦でも、

カップルのどちらかが「わたしたちは、気持ちが強く結びついている」

と思うようになったカップルで、特に「相手の気持ちは自分に定まっている」と

期待している状態になっている段階では、そう思っている人の相手方が「浮気」をすると、

感情的にはさまざまな問題が起きることになる。

落胆や怒りといった気持ちが生じるのである。 怒りの程度によって、様々なことが起きうる。

だがこの段階でも「浮気」は、法的にはまったく問題とはされない。

「あなただけを愛す」などと宣言した後の段階

さらに進んで、カップルのどちらかが「あなただけを愛す」とか「君だけを愛す」などと宣言すると、

さらに別の段階になる。恋愛の段階での「あなただけを愛す」とか「君だけを愛す」という言葉は、

言語的に言えば「約束」の意味内容を持っている。《愛》というのは、法的には扱えず

(金銭や雇用関係のようには、法律のとらえる対象になっておらず)よって

「あなただけを愛す」とか「君だけを愛す」は法的には契約には当たらず、

結果として、法的に何も強制力を持たない。

だが人間は法的な次元だけで生きているわけではなく、人と人の「心のつながり」によっても

生きている。さらに言えば、法的な関係よりも、むしろ法的ではない「心のつながり」「心の関係」

のほうが、社会では重要な役割を果たしていることは多い。したがって、「あなただけを愛す」

とか「君だけを愛す」と言えば、法的な次元はともかくとして、人間として心(心情)の次元では

はっきりと意味のある「約束」をしたことになる。そういう約束をしておいた後で「浮気」をすると、

心の次元では、「約束を破った」と判断されるのは、ある意味当然のことなのである。この段階で

「浮気」された側は、一般に、「だまされた」「あの人は私をだました」「裏切られた」と感じ、恨む

気持ちが生まれることが多い。この段階での「浮気」は、しばしば、「喧嘩沙汰」や「刃傷沙汰」

になる。つまり「浮気」をした人が、「浮気をされた」と感じている人から、ののしられたり、

ひっかかれたり、平手打ちされたり、殴られたり、場合によっては、ナイフや包丁を持ち出されて

切りつけられることも起きるのである。

この段階の男女の「浮気」では、(「あなただけを愛す」という「約束」に関しては、法律は何ら

関与しはしないのだが)その約束の結果生まれる愛憎によって「喧嘩沙汰」「刃傷沙汰」まで起き

ると、そこに関しては法律の扱う範囲となってくるわけである。

周囲からも広く公認される段階にいたった恋愛の状態の場合さらに進み、恋愛関係が数年も続いており、

周囲の友人たちにも公認されているような状態で、当人たちも周囲の人たちも

「当然、じきに婚約することになる」と思っている状態で、

そういう前提のもとにさまざまな人生の「段取り」のようなもの(進路選択や、職業選択や、

退職の段取りなど)がすでに進行している状態で突然他の異性に「浮気」すると、浮気をした人

に対しては、(法的な問題はともかくとしても)「道義的には大いに問題がある」とか

「人間性に問題がある」という評価が下されるのが一般的である。

この段階での「浮気」は、「浮気」をされた人を、社会的にかなり追いつめる結果になるので、

やはり怒りや恨みが生じることが一般的で、「喧嘩沙汰」「刃傷沙汰」になる可能性がさらに高くなる。